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2015年3月13日 (金)

「曾野綾子化する林真理子」

「曾野綾子化する林真理子」
「週刊文春」夜ふけのなわとびを読んで

川崎の中1男子殺害事件の詳細が明らかになるにつれて、私が今取り組んでいる無戸籍問題で当事者たちが抱える問題点とも重なり、胸がつぶれる思いだ。
そんな折、林真理子さんのエッセイを読んだ。
驚いた。
林真理子さんが「曾野綾子化」している。
実はこの「週刊文春」のエッセイでは、数年前に無戸籍児を持つ母親に対する無理解ともとれる文章があり、「週刊文春」に抗議文を送ったことがある。
その折も一方的に母親を責めたてる内容だった。
エッセーの前半は「子どもの貧困」について言及している。
「何年か前から、子どもをめぐる貧困はとても深刻なことになっているらしい」
林さんの周りには「子どもの貧困」を実感出来るようなことはないのだと思う。「子どもの貧困」はあくまで人ごとであり、「ご飯をちゃんと食べさせてもらえない子ども、汚れた服を来たままの子が大きな問題になっている」ことについて「いったいどこの国の話?」と「最初はなかなか信じられなかった」そうである。
林さんの考える「子どもの貧困」対策は、実にシンプルである。
「お母さんにちゃんとしてもらわなければ」
その「お母さんたち」のイメージは「手に職がない女性は、パートや夜の仕事でうんと低給与で働かなくてはならない」人々であり、「だからといって、離婚をするな、我慢しろ、などと言っているわけではない」そうで、離婚の前提条件としては「十分な準備をし、祖父母の協力を取りつけてほしいとお願いするのだ」としている。
 そして「お母さんにちゃんとしてもらう」ためには、
「『母でいるよりも女でいたい』などという考えも、二の次に置いてほしい。」とする。
ただ、次のように例外は認めている。
 「いつまでも女でいたい、などというのは、恵まれた生活をしている人妻の余裕の言葉である。もし離婚をしたとしたら、子どもが中学を卒業するぐらいまでは、女であることを置いといて欲しい」
金持ちの人妻は女でいてもオッケー。離婚をしたら中学まで恋愛禁止だ。
そして、こうも言う。
「セックスとかそういうことで、現実逃避しないで欲しい。お願いしますよ」
どうして「現実逃避」ときめつけるのであろうか?
そりゃ、偏見でしょうよ。
また、再婚相手の暴力も、母が「女を優先したこと」が原因であるとしている。再婚は別に「女を優先した」ということとは限らない。男の人は「男を優先した」となるのであろうか?
 林さんの「曾野綾子化」はラストに向かって加速する。
 「などということを書いて、私は次第に空しくなってきた。そういうことをするお母さんが、この「週刊文春」を読んでいるとは到底思えないからである。
 そう、雑誌を読む習慣を持つ人というのは、恵まれた層の人たちということを私は実感しているのだ」
 『週刊文春』は親教育の教科書か?
 思わず、突っ込んでしまう。
 「本ももちろん読まない。雑誌も読まない。そういうお母さんは、想像力が抜け落ちているのではなかろうか」
 いやいや、本をたくさんお読みのはずの林さんこそが、想像力がないどころか、現実も見えていないですよ。
 「行政はもちろんであるが、近所の私みたいなおせっかいなおばちゃんたち、どうか気の毒なお母さんたちに手を貸してあげてほしいのである」
 「お気の毒なお母さんんたち」・・・どこまで上から目線なのだろうか。
林さんが「お気の毒」と思っているお母さんたちは、林さんのような「おせっかいおばちゃんたち」を最も苦手とする。
 なぜならば、その「親切」は、自分のためにやっているとわかるからだ。
 曾野綾子さんは「偽善も善」と言ったが、「偽の善」は時として本当に助けを求めている人々を傷つける。
 こうした無邪気な「おせっかい」ほどやっかいなものはない。
 そもそも、このお母さんに対する言動については「週刊文春によれば」である。
 自分で確かめることができない第三者からの伝聞情報で特定個人をこれだけ断罪し、否定し、また「自分とは違うのだ」とあからさまに排除して行こうという偏狭さこそ、こうした犯罪が起こる土壌を作る遠因になっていると私は思う。
 まあ、普通、この原稿来たら編集部は「ちょっと・・」と言いますわな。それもできないようになっているとするなら、やはり林真理子の「曾野綾子化」は相当進んでいると見ていいと思う。


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