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2015年4月26日 (日)

大衡村から「政治文化」を考える 〜序

統一地方選挙後半戦は、総支部長を務めている大衡村でマイクを握っていた。

ここには非常に興味深い「選挙文化」がある。

後日まとめてレポートしたいが、いや、ホント、すごかった。

そうこうしていると、Facebook等で、多くの方々がそれぞれが住む地域の選挙について記載していて、それもそれで面白く読む。

今、別の原稿の締め切りがあるので時間的制約があって書けないのが残念なのだが、いずれまとめて考察したいと思っている。

さて、そんな中で、気になったので「序」として記しておく。

今回の地方選挙を通して「連呼だけで政策を語っていない」

というポストがものすごく多くて驚きだった。

通り過ぎる一瞬だけでは政策なんて語れっこない。当たり前だ。
街宣カーの役割は知名度アップであり、候補者たちは「いかに印象に残るように名前を伝えるか」を主眼に活用しているのである。
一方で、駅や町中で止まって行う「街頭演説」では、意外に?政策を語っている場合が多い。
また、大抵の候補者はHPや選挙公報その他でそこそこ網羅している。たとえそれが借り物でも(笑)

有権者の方々が選挙になると、個別の候補者についての「確認」をスキップして、急に「政策」「政策」と言う事については、なんだか「行動をしない」ことの言い訳にも聞こえる。
ちょっと上から目線で、「政策を語らない選挙にはコミット出来ない」と言う事で、「面倒くさいこと」には巻き込まれず、「私は賢い感」も維持出来る。
まあ、そんだけ、選挙自身がうさん臭くなっている事は否定はしないがな。

長年この業界にいると、当然ながら「命がけ」でやっているので、候補者の醸し出す「偽物臭」にも相当敏感になる(笑)
一方で、本当に社会でがんばっている人々が、「傍観者時々正論吐きます有権者」であることが残念でならない。
危険ゾーンからどんどん離れ、その辺の目利きは出来難くなるからである。

そこで提案だ。

有権者も自らの選挙公報?作ってみるのだ。マイ公約(笑)
「この人に一票入れますが、その後はこうフォローします」とか
選んだ議員に対してのチェックは必須だ。
「入れる人がいないと嘆いたならば自分が出るという選択肢も含めて検討する」等々。

前回選挙から、文句山盛りの「政治」を良くするために何かしたのか?なんらかの手間ひまをかけたのか?
自分自身でツッコミを入れてみよう。

友人は仕事が終わった後で、某議員の事務所でポスティングの手伝いをしていた。深夜、怪しまれながらも(笑)
踏み出すのには勇気はいるが、意外に簡単に出来る者でもある。

有権者は「神様」でもなければ「お客さま」でもない。政治家とは対等なパートナーである。
同じような事をやってみると、いろんなことが見えてくる。
「選挙」ではそれも問われているのだ。

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2015年4月20日 (月)

明日から大衡村・村長&村議選挙

http://mainichi.jp/select/news/20150419k0000e010116000c.html
いよいよ明日から大衡村の村長選、村議選が始まります。
民主党宮城4区総支部長として、作並ゆきのさんとともにしっかり闘いたいと思います!!
皆様、応援よろしくお願いいたします☆Photo

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2015年4月16日 (木)

選挙公示(告示)日前の「候補」記載は白?黒?

『週刊新潮』の記事「政界ヴァージン立つ」の特集を見て疑問がひとつ。

各人の紹介の肩書きが「東京都北区議会議員候補」「武蔵野市議会議員候補」等「候補」となっている。

「候補」と言えるのは、選挙が告示(公示)され立候補の届け出が済んだ時から。

「候補」になってはじめて「議員」となる可能性が出る訳で、自分を「◎◎議員候補」と読んだ時に「ともかくスタートラインに立てた。あとは闘うだけ」と感慨無量で涙が出た。それほど「候補」になる、というのは重いものなのだ。

さて、冒頭の「候補」とされる人々が闘う「統一地方選挙後半」、政令市以外の市議選、東京都特別区選挙は今年の場合4月19日告示、26日投開票。

となると、今回、発売日において「候補」という記載をした記事は間違いであり、選挙の事前活動には当たるおそれも出てくる・・のではないか?

と思ったのも、実は立候補予定者は本当に一字一句を慎重の上にも慎重に選んで文章を作成しているので、こんなふうに全く気にしないで済むならどんなに楽だろうと思うからである。

少なくとも自分でこれを書いて出していたら文書違反で一発アウト。(とみんな思っているはず)

だからこそ、必ず文書には「候補予定者」とか「◎◎党の公認決定しました」という表記にしている。 文書は「証拠」として残るから。

しかし、雑誌でこれだけ「候補」と堂々と書いているということは、何かしらの担保があってのことだろう。

その内容が知りたくて、総務省に電話で確認してみたところ、

「個別の事案が選挙の事前運動になるかならないかは総務省で判断しない」ことを前提として(具体事案は各都道府県警・警視庁の選挙違反取締本部が取り調べ、立件して行く)、以下、二つの法律を挙げ説明してくれた。

◎選挙運動は、選挙の公示・告示日から選挙期日の前日までしかすることができない(公職選挙法第129条)

→つまり「候補」と名乗れるのはこの期間だけですよね?

→ 総務省で判断はできません

◎新聞や雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない(公職選挙法第148条)

→「候補」になっていない日にその肩書きで紹介するのは少なくとも「事実」ではないということですよね?

→総務省では判断できません

たぶん、その辺のところがよくわかっていない記者さんが書いたのかな。

ある意味、どうでも良い些末な事なのだが、しかしそこに物理的精神的に膨大なコストがかかっている「候補予定者」の方々がこれを読んだ時の徒労感を思うと、確かめられずにいられなかった。

まあ、でもホント、公正・平等のようでそうでもない公職選挙法。

抜本的点検と見直しが必要だよね。

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2015年4月13日 (月)

統一地方選挙を闘った被選挙権行使者へのエール

統一地方選挙前半戦が終わった。
大変な努力を重ねて当選した方々に心からお祝いを申し上げたい。
おめでとうございます!
そして残念ながら落選した方々に、厳しい環境の中で被選挙権を行使した勇気に敬意を示し、同様の経験をしたものの一人としてエールを送りたいと思う。

最初の選挙(兵庫県議会・芦屋市選挙区)で負けたとき。
悔しくて、情けなくて、眠れなかった。
次の日以降も誰にも会いたくなく、3日ぐらい本当に寝込んだ。
心身ともに疲労困憊。本当に起き上がれなかったのだ。
落選者は社会の落伍者であり、後ろ指を指されているような気にさえなった。
今思うと滑稽な気もするが、でもそれだけ純粋で、真剣だったという事だ。その当時の自分を愛おしくも思う。
あの無謀?な挑戦がなかったら、次の機会(県会補選)→国政転身は巡ってこなかったのも事実なのだから。
落選した日はそんなことすら思いもよらなかったけど。
今も「落選中」と言えばそうだけれども、あの経験があるから次の日からトップギアで活動が出来る。
そしてどう考えも現職でいた時よりずっと忙しいし、良い仕事ができていると思う。日々能力アップしていっているような気がするのだ。気のせいかもしらんけど(笑)
まあ、だからこそ、国会に戻りたいのだけどね。
もっともっと良い仕事が出来ると確信しているから。
なので、どんなに平静を装っても、落選中はやっぱり落ち込む。
「悔しい」から。
その「悔しさ」がないとがんばりがきかいない。だから、存分に「悔しがり」でいようと思っている。

良い政治家が落ち、「ワタクシ内ブラック指定」の幾人かが議席を得ているを見ると、正直、なんとも言えない気持ちになる。
ただ、いろんな政治家を見て来たけど、短期的には浮き沈みはあっても、長期的には必ず「なるほど」という結果になる。(辞職とかも含めて笑)
なので、今落選したからと言って、焦ったり、自分を責めたりする暇はなく、ともかく一生懸命今いる場所でがんばるしかないのだ。
そして、Paulも言っている通りあとは「Let it be」。

あきらめないでがんばろう!
いずれの時にか、いや、実は自分が思うより早いうちに、「出番」は来るかもよ。
選挙の女神は気まぐれ屋だから。

まずはゆっくり休みましょう。
そして、時間が出来たらお茶でもしましょう☆

日本全国、どこにでも参りますよん。

お疲れさま!

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2015年4月 9日 (木)

99.9%の女性は対象外なのに  「再婚禁止期間」の怪

進国では唯一日本だけ、女性だけに課せられた「再婚禁止期間」の規定について、15人の裁判官全員による大法廷で審理することを決め、合憲か違憲かを初めて判断する見通しとなった。
そもそも、離婚する夫婦の中で、妊娠している人は0.012%〜0.015%程度であると見られている。

つまり99.9%の女性たちは離婚時に妊娠していないのだ。にも関わらず、再婚を待たなければならない合理的理由はあるのだろうか?


 実はこれを定めているのは、意外に知られていないのだが、この「再婚禁止期間」ににある「例外規定」なのである。民法733条の2項の規定だ。
<民法733条2項>

☆女が前婚の解消又は取消の前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。

  つまり、今でも「離婚以前に妊娠していた場合」は、離婚後出産もしくは中絶した日から離婚後180日を待たずに再婚できる。実際、私が受けている無戸籍関連での相談者の中にはそうした例が数多くいる。
 しかし、「そもそも妊娠していない人」「離婚後に妊娠もしくは中絶した場合」は適用されない。
この条文には記載がないからだ。対象となるべき子がお腹にいないにも関わらず「法律に規定がないから」では、納得いくはずもない。

 一方で法務省は2007年5月、無戸籍者の存在が社会問題として取り上げられると、民法772条2項のいわゆる「離婚後300日規定」について、「法的離婚後に懐胎した旨の医師の証明書添付場合は、前夫の嫡出の及ばない子との取り扱いをする」との民事局長通達を出した。「300日ルール」が対象外の子どもたちにまで及んでいることを認め、その改善を行ったのだ。
 本来であれば、その通達を出すと同時期に「再婚禁止期間」についても「離婚時に妊娠をしていないとの医師の証明書があれば対象外」としなければ、相関関係がある二つの法律の整合性も、運用上もバランスが悪いということになる。
  ただ、こうした通達を出せば「99.9%以上の女性たちはが待婚期間なしに再婚可能」となってしまう。法律が存在意義自体が問われることになるから踏み切れないのだ。
 法の制定意義を考えても、本来「待つ」ことがない人まで「待婚期間を強いられる」ということは離婚女性への「ペナルティ」そして「行動規制」とも取れる。男性に求められていないのは明らかな差別だ。 

懸念されるのは「撤廃」でなく「法改正」された場合だ。

 1996年、法制審議会が「離婚後300日以内は前夫の子」と「婚姻成立後200日以降に出生した子は現夫の子」の二つの推定の重複の回避は現行の180日ではなく、100日で足りるとして短縮を答申しているし、各野党も「180日」「100日」とした改正案をたびたび提出して来た。

 しかし、その議論は 前述通り法務省が「300日規定」を事実上放棄し、離婚した後に懐胎した子については前夫との混乱はない、との見解を示した以前の、「今から約20年前の議論」をもとにしたもので、今回、それを軸に改正案が練られているのは不見識としか言いようがない。

その結果、無戸籍児をはじめ、多くの「法に退けられる子どもたち」を生んでいる現実を見てほしい。

そして何より本来「対象外」であるべきはずの99.9%の女性たちへの偏見・差別を許す法律を「改正」の名の下に許してはならないのである。

Change.orgではじめたキャンペーンもまもなく1万人に達する。

ご賛同いただける方は、ぜひご署名をお願いいたします。

https://www.change.org/p/民法の女性再婚禁止期間を撤廃して-真に-女性の輝く-社会を?utm_medium=email&utm_source=petition_starter_signature_milestone_email&utm_campaign=petition_starter_50_signatures&tk=6l3DcNAVCDqtsE52hLSiFpPJFCuoRpKM1WMGU040Cq0

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厳しすぎる「弱視高齢者」への介護保険認定

高齢(83歳・79歳)となり、ふたり暮らしが困難になった義父母と同居を始めて4ヶ月が経つ。

この間、それなりに勉強もし、「視察」等にも行ってわかっていたはずの「介護」と「介護保険」が持つ種々の問題点を個別具体的に実感することとなった。

そのひとつは「弱視高齢者」への介護保険認定があまりに厳しい、ということである。

義母は認知症の症状が見られるため、要介護4。

義父は耳も聞こえず、目もほぼ見えない状態だが、若干視力は残っているため、要支援1。

昼間は家族は誰もいない状態なのでヘルパーさんに来ていただき、昼食準備等をしてもらうのだが、日々、それを使えるのは義母のみだ。(義父母ともにディケア施設に行った場合は昼食は現地で出るが、日常的に義父担当のヘルパーさんは来ない)

ある時、たまたま一時的に家に戻ってびっくりしたのは、「家庭内介護格差」であった。

目の見えない父は、家の中等慣れたところは歩けるが、冷蔵庫に何が入っているかは全くわからない。お膳に出しているおかずも口にするまで何かは判別できない状況だ。調理や配膳等の食事準備はもちろんできない。

ヘルパーさんが帰った後、義母が這いながら義父の食事の世話をするというなんとも矛盾した光景を見た時に、「弱視高齢者」とその家族がいかに困難な老後生活を送っているか胸が詰まる思いだった。(ちなみに通常家族がいる時は「介護飯」を作って栄養のバランス等や記録用にFB等でアップしています)
障がい者認定を受ければよいのかと思えば、事はそう単純ではないらしい。なにしろ視覚障害の場合は、ほぼ全盲でなければ障がい者1級とはならず、他の級では持っていようが持っていまいが実際の生活支援等では変わらない。

介護関係者のアドバイスもあり、義父に関しては認定の変更を申請したが、それでも「要支援2」。これが限界なのだ。
「要支援」が設置されている意図は「予防と自立支援のため」ということだったが、弱視高齢者の場合は悪くなる事はあっても、良くなる事はない。つまりは「予防」も「自立支援」もその効果はない。

「認知」であれば、比較的すんなりと介護認定がおりることと対比してみても「弱視高齢者」が置かれた状況は過酷と言える。

 本当に困っている生活困難な高齢者に対しての配慮がないのは不思議だと思い、それを医師に問うてみたら、医師会の中でも眼科医さんたちはおとなしめで、主張はしているものの届き難い、との事情もあるようだ。

たまたま認定に来た方は以前視覚障害者施設で働いていた経験を持ち、
「介護保険では視覚障害者への配慮はほとんどなくて、アンバランスなんです」と問題意識を共有するものの「場からそう主張しても、現行のルールの中での判断となるので如何ともしがたいのです」と苦渋の表情だった。
そういう意味でも、弱視高齢当事者、そしてその家族がしっかりと声をあげて行かなければならないと思う。
朝、目覚めた時、ほんの数分ながらコンタクトレンズなしで行動する。世界はぼやけて、「時」を自分の思い通りに動かす事など到底無理だと感じる。

つまりは周囲は「障害物だらけ」なのだ。

それがどうだ。レンズを入れた瞬間から、その不自由さを忘れてしまう。

義父はもちろん眼鏡も持っている。しかしもはや加齢による視覚機能低下は眼鏡を掛けたところで、「人の手」がなければ障害物を越えることなどできないのだ。
「要支援1」から「2」の移行にともなって、利便性は向上する。介護プランを練ってケアマネージャーさんに連絡をすると

「それでできないことはないんですけどね。業者が赤字になるんです。ちょっとご相談させてください」

「介護業者が赤字になるプラン」・・この業界の問題も奥深そう。
説明をしっかり聞いて、「生活困難を抱える高齢者に適切なサービスを提供出来る」制度に改善できるよう、動いて行きたい。具体的に、ね!

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2015年4月 8日 (水)

政界の「マドンナ(VirginMary)」たちと上西議員

一昨日、神戸市において開催された「緊急討論!どうする?どうなる?上西小百合議員」ではなかなか深い議論が出来た。
少なくとも「脇の甘さ」と「獲物の見極め」だけは見直すべきである、という提言も出た。
大きな目的のために手段として「タラシ女子」になるのは結構。
しかし、その際は「リスク覚悟」で。
その「リスク」が現実として降りかかって来た時には、内心凹んでも、外身は軽やかで行こう。
野田聖子先生もその著作『不器用』(朝日新聞社)で引用されているように
「悪名は無名に勝る」(by竹下登)
とは、ある意味「真」なのであるから。

しかし、「上西議員問題」について書いたこのブログがブロゴスさんに転載され連続して閲覧数1位というのは驚きである。

「上西議員問題」は上西さん個人の問題ではなく、縦糸は「政治」、横糸は「女子」とバランスの中で、大げさに言えば「歴史的な役割」を持っているということなのだ。
彼女は今までの国民的女性政治家、市川房枝、土井たか子といった「マドンナ(Virgin Mary )」とは対極にいる存在である。

均等法から30年立つが、「助手席の女」的役目を負わされ、もしくは好んでそこにいて、「実力よりお得な位置づけで生きている」女子たちって、いまだ周りに結構いて、その中のひとり、という位置づけなのだと思う。

その、いや、自分だってやれるもんなら、やってみたいという気持ちがない訳ではない(笑)という多くの人々のハートにちょっくら火をつけた、ということなのだろう。

ただし、それは誕生日のローソクよろしく、時が過ぎればすぐ消されちゃうんだろうけど。

ワタクシも上西さん個人に興味はないが、「上西さん的女子」にはとても興味がある。
というのも、前述通り、それは「自分たち」にとって「リアル」な問題だからなのだ。
また男性ウォッチャーも多いのは、職場で、プライベートで、密かにこの手の女子に翻弄されてきた人も多いからなのではないか(笑)

日本社会にはまだまだ性によっての差別や、機会の不均等がある。
その中で最も遅れた部分と言われる政界で生きる「上西戦士」はひとつの典型例として興味を引くのだろう。
彼女たちはどうして生まれ、どう泳ぎ、男たちとどう付き合っているのか。
そして、「加齢」という内なるライバル=現実とどう向き合い、これからの人生をどうしのいでいこうとしているのか。
「クオータ制」も言われる中で、この問題が出て来ている事はさらに興味深い。
別途の機会に、しっかり分析と考察を行いたい。

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2015年4月 7日 (火)

上西議員問題は「女性議員バッシンング」にあらず

本日も沸騰中の上西議員問題。

この一連の報道を、彼女が「女性」だったからこその、差別、バッシングと捉える向きには違和感を覚える。
彼女が「自らの行動以上のバッシングを受けている」と思っているとするならば、残念ながらそれを誘発しているのは他ならぬ彼女であることは、突っ込みどころ満載の「お詫びとご報告」を読めば一目瞭然だからである。
『その代議士はレディースクリニックを経営される著名なドクターで、私はその週の胃腸の症状の他に、その代議士のドクターが専門とする症状で暫く悩んでいたのですが、漸くアポがいただけていたため「代議士同士」ではなく、「医者と患者」としてクリニック周辺の料理店でお目にかかりました』
「医者と患者」は料理店ではお目にかからないぞ(笑)
「そのドクターが専門とする症状」という表現も「チラ見」で「思わせぶり」。
憶測や興味をそそる書き方である。
『私の事務所は経済的な理由で、公設秘書しかおりません。第一秘書は私の運転手も兼任しておりますので、私とその秘書が同行するのは当然のことです』
「経済的な理由で、公設秘書しかおりません」って一体・・。
文書通信交通費は何に使っている?
次の選挙はいつあるかわからない衆議院議員は「当選」の日から「失業危機」のカウントダウンが始まるわけで、その多くは歳費の相当部分を政治活動につぎ込んで選挙区のメインテナンスを行う。
そうでないとすると・・お金の流れの方もついつい興味が出てしまう。
・・事程左様に彼女の出した文章の中には、次なる疑問が湧いてくるような仕掛けがあるのだ。脇が甘すぎる。
また、そもそも彼女が「若い女性」でなかったら、衆議院の候補者として公認されたかということ考えると、党も彼女も互いに利用しあったわけで、その後、政治家として成長、自立出来なかったことこそが今回の騒動(=自覚のない行動)の根本にはあると思う。
なので、彼女が批判を受けているのは「女性だから」ではなく、「キャラ」の問題だと思うのである。
独身の男女を持って来て「不倫」を書いたマスコミは、その取材能力の低さを恥じるべきだとも思うし、橋下市長の乱暴な言葉遣いについては論外だ。
「女の子」云々に関しては橋下市長は同様の発言を幾つかしているようだ。
実際に聞いた訳でないので、記事からひとつ引用をしてみよう。
『29歳だった女の子が(初当選から)2年経つとこうなってしまうのか。国会議員は現金で給料2900万円ぐらいですか?国会で?』と傍らの江田憲司・維新の党代表を巻き込んで聞き出し、「2200万円!これに1200万円の経費が入り、3000万円以上の給料が29歳の女の子に入ったわけですよ。飛行機乗るときにはVIP待遇ですよ。いや国会議員やると変わるもんだな。もう完全に永田町の感覚ですね。ずっと議員やりたいみたいです」と給料まで“暴露”した。』(デイリースポーツ4月4日)
橋下市長のいつもの手である。
この前の発言で自分がその人を選んだ責任についてはちょこっと謝罪してアリバイを作りつつも、実際には棚に上げて、国民の声を代弁するのである。
ただこれが、「29歳だった女の子」でも「青年男子フリーター」でも、きっと同じように言っだと思う。
「国民の内なる声」をそのまま言葉にしているのだから。
実際、何の準備もなく、大した選挙活動もせず、比例名簿に名前を登載されただけで国会議員になってしまった人々については、杉村太蔵氏や小澤ガールズ、ワタクシの隣の席だった磯貝香代子氏の時も騒がれた。
不倫についても、山拓さんのベッドでの写真はなぜか今も脳裏にこびり付いているが(笑)特に女性だから狙われる、というわけでない。
思い起こせば1989年、リクルート事件で退陣した竹下登首相の後を受けた宇野宗佑首相は就任直後に「女性問題」が浮上、翌月に行われた参議院選挙では争点とまでなり、いわゆる「マドンナブーム」が起こり、自民党は改選議席の69議席を大幅に下回る36議席しか獲得できず、特に一人区では3勝23敗と惨敗し、自民党は結党以来、参議院で初の過半数割れとまでなっているのだ。
なので、ここに男女の差はないと思う。
細野さんだって、いまだに「路チュー」を言われる訳で。
「マドンナブーム」がなぜ起こったかというと「汚職」や「女性蔑視」(宇野氏の問題も「不倫」もさることながら、「3本指」が問題視された)にうんざりした有権者の、自民党や既存政治家への「戒め」だったと思う。
逆に言うと、上西議員が誕生した理由も同じように民主党政権への「幻滅」と「戒め」であり、結局それで当選した議員の多くは「それ以上の存在になり得ていない」ところが問題なのだと思う。
だからこそ、マドンナもきれいさっぱりいなくなり、上西議員ようなの無自覚な行動も起こってくるのである。
法律上は彼女を辞職させることはできない。
(既存政党間を移動する場合だけは辞職になるというのはおかしなことだと思う)
ならばその歳費と政務調査費にふさわしいだけの活動をすることが、今後の彼女の「最低限の責任」である。
「エモーショナル(感情的)な感じで処分となったことは残念だ」などと言っていないで、残りの任期の中でしっかりと活動し、維新の会どころか他の政党にさえも「欲しい」と思われるような人材になるよう成長して欲しい。
その際は、今までのような「女子だから」という「甘え」は許してはならない。上西さん本人が。
彼女の成長を妨げていたのは、ほかならぬ彼女自身の中にあるその「女子」としての「自信」とそして実は「将来不安」なのではないかと思う。
彼女の「女子力」の象徴とも言える濃く太いアイライン。
それはまさにその不安に対しての彼女なりの武装であり、バブル時代のOLたちの前髪と等しいもの悲しさを感じさせる。
いずれにせよ、彼女の無邪気な自己肯定については同情する余地なしだが、せっかくこの世界に入ってここまで来たんだから、下らん事で右往左往せず精進してほしいと思う。
そして、「育てるあげることができなかった」と言った橋下さんを見返えそうよ。
それでこそ「女子」だよ!がんばれ!!

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2015年4月 5日 (日)

上西議員の「除籍・除名」に思う

「除名・除籍」という「処分」が出た上西議員だが、 橋下大阪市長とともに会見に出た時の表情に感じたのは「自信」である。

自分は何があっても大丈夫。
なにしろ隣に橋下さんが控えているのだから。
ピンチになっても橋下さんが何とかフォローしてくれるはず・・という。
当然ながら会見はそんな調子で進んで行く。
ところが、途中で「(デートと)見られても当然」などなど、彼女を擁護しているかと思いきや、攻撃しているともとれる言葉が投げかけられる。
それでも彼女は「大丈夫」だと思っていたと思う。
一方で、会見の中で私が気になったのは「父が毎日事務所に来ている」と語る場面であった。
「母」より「父」。
そして「父」に従属しているのではなくて、むしろ逆という力関係の中で生きているのだな、と思ったとき、彼女の「万能感」の源を見た気がした。
今時の31歳女子と比して彼女が特別幼いのか否かについては判断ができないが、学生時代から天神祭の「ギャルみこし」や「うちわ娘」、愛染祭のキャンペーンガールと「女子」であることが彼女の存在意義とほぼ同義語であったのだと思う。
しかし、世間はそれだけでは渡れない。上には上がいる。
「女子性」を武器にして生きることでの成功体験と、限界と挫折の先に、彼女は「政治業界」という、「そこそこ」でも過大に評価してくれる居場所を見つけたのに違いないのである。
ワタクシはそれを全面否定はしないし、ある種、よくがんばった!とも思う。
男性のスケベ心?の裏をかいて、議席をゲットするのは見方によっては「あっぱれ」でもある。
少なくともワタクシには出来ない(笑)
だが。
問題は「その後」なのである。
国会議員になって、何がやりたかったのだろうか。
自分が評価されたかった場所で、思い通り行かずに、この業界に来る、という人は少なくない。例えば野々村元兵庫県議もそのひとりかもしれない。
だが、やりたかったことがなかったとしても、当選すればあれこれ勉強の機会はあるし、その中で何かを感じ、自分の使命を見つけて「成長」することは出来るはずなのである。
「除籍・除名」の理由が、今回の騒動だけでなく、日常の行動にも問題があり、改善が見られないとのこと。
「もてあそんでいた」つもりが「もてあまされた」とはなんとも情けない。
しかしたぶん最後まで橋下さんに寄りかかり、信じていたであろう上西議員の姿は、性的役割分業がキツい日本社会の中でいまだ一部の女子が陥りやすい穴でもあるのだとも思う。  
橋下さんは「育て上げることができなかった」と言ったが、そういうことを言う男に限って「女の成長をさまたげる愛し方」(by『エースをねらえ』)しかできないタイプが多いのだということを上西さん以下我々女子は、肝に銘じなければならないのである。

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2015年4月 4日 (土)

赤坂宿舎は24時間看護師常駐〜上西議員会見を見て

昨日の上西さんの会見を見ていて。

ツッコミポイント、いろいろあったが、記者さんたちもリサーチ不足だね。
ちなみに、衆議院赤坂宿舎は 24時間、看護師常駐で、静養するには最も安心な場所だ。 以前、住んでいた時に子どもが間違ってベルを押し、「間違えました」と言っても、安否確認のため部屋まで来てくれた。どんなに丁寧にお断りしても、お部屋チェックもし、元気かどうかを見る。
これはマニュアルで入っているそうだ。
宿舎には飲み物の自動販売機があるから、飲料は買える。
議員たちは入居の時に全て説明を受け、安心して職務に邁進できるサポート体制が整っていることを確認するのだ。
病院も通常「院内」の診療所に行く。薬もその場でだしてくれるし、「いざ」というときのためだからこそ「議員会館」ではなく「院内」に置き、万全の医療体制が整えているとも言える。
通常、議員たちは具合が悪くても、本会議の採決時は執念で出席をする。
39度の熱が出ても、男性議員たちは子どもの誕生と本会議が重なった場合など、出産に付き添えない場合もある。
車に轢かれ、粉骨骨折したというひとりは、予算案の採決の際には、松葉杖で隣の席の人の肩を借りて、札を入れに行った。
いずれも、国民の負託を受けている以上、「当たり前」の行為だ。
いずれにせよ、上西さんが問われている問題の核心は15日の話ではない。
診断書が出た12日、診断書が出てからの行動と、そして13日、採決ギリギリまで加療等の最大限の努力を払わず、早々に帰阪したこと、なのだ。
そして「ウイルス性」と診断されたら、人との接触については当然ながら極力控えるべきで、そうした対処も配慮もできない人というのは社会人としてどうなのかと思う。
しかし。こんなことで「疑惑」だなんて、情けなさすぎる。
昨日の会見を見て、あらためて「そもそものところ」での「自覚の問題」なのだと思った。
どんな処分となるのかわからないが、あの場で橋下さんが語っていた上西さんへの「議員としての資格」についての感覚は間違いではないと思う。

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2015年4月 2日 (木)

「統一地方選挙前夜の上西議員報道」

この報道をそのまま読むと「他党の男性議員」と「ふたりきり」で「ショーパブ」??
「通常はあり得ん」3連発。
本会議での予算採決欠席は「あり得ん」で済まされる話ではないし、どう釈明したとしても苦しい言い訳になりそうだ。
しかし、この日はある意味彼女が当選した時から、予想されたことではないだろうか。
2012年の総選挙、彼女の選挙区での現職は藤村修官房長官だった。
冷静に考えれば、政治的能力の差は歴然であろう。
だが、選挙というものは「政策能力がある」とか「品行方正」のコンテストではない。
有権者の票は藤村さんでなく、1万7千票あまりも多く彼女に入っている。
(小選挙区では渡嘉敷奈穂美さんに7千500票差に迫っている)
有権者は彼女を「選択した」のだ。
「いや、そうではない。我々は『維新』に入れたのだ」と言う人もいるだろう。
初出馬の時の挨拶等をみれば、彼女が国権の最高機関で働く準備ができているか否かは誰が見ても明かだっただろう。
確かに、彼女を公認した「維新の党」の責任も問われるのだと思う。
本来は公認作業をする中でスクリーニングされるべきなのである。
一方で、2014年、民主党はこの選挙区に候補すら立てなかった。結果、彼女は比例復活している。候補者を立てなかったことで彼女の当選をアシストしたことにもなるので、民主党も彼らを責めるばかりでなくこの辺も猛省しなければならないと思う。
一方でこうして選ばれた彼女は大変だったのだろうと思う。
地方議員等、多少の経験があればまだしも、突然議員になってもすぐ仕事は出来ない。「ちんぷんかんぷん」で「ついていけない」ことも多かったのではないかと思う。
こういう議員はそのうち、人間関係に救いを求めるようになる。
しかし、飲み会をいくら重ねても国会議員の資質はあがらない。
ただ、少なくとも、質問などでとんちんかんなことを言っても、キツいヤジは飛ばなくなるのだ。
そしてまた、彼らは「自己鍛錬より飲ミュニケーション」へと走る、というスパイラルに入る。
いずれにせよ、それは国民にとっても、そうした議員にとっても悲劇であると思う。
多分、これから、彼女の日常における様々な話が出てくるであろう。
それは「無理をした」「無理をさせた」結果なのだ。
明日から統一地方選挙が始まるが、候補者たちの資質を見極めるのは本当に難しい。
候補者たちは当選するために何でもやる。
逆に言えば「本物が選ばれる」となったら、「本物になる」のだ。
「ニワトリが先か、卵が先か」」は、選挙に限って言えば絶対に「有権者が先」なのだ。
統一地方戦前夜持ち上がった上西議員に関する一連の報道はまさにそれを伝えるため、という意味では価値があったかもしれない。

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