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2015年4月 9日 (木)

厳しすぎる「弱視高齢者」への介護保険認定

高齢(83歳・79歳)となり、ふたり暮らしが困難になった義父母と同居を始めて4ヶ月が経つ。

この間、それなりに勉強もし、「視察」等にも行ってわかっていたはずの「介護」と「介護保険」が持つ種々の問題点を個別具体的に実感することとなった。

そのひとつは「弱視高齢者」への介護保険認定があまりに厳しい、ということである。

義母は認知症の症状が見られるため、要介護4。

義父は耳も聞こえず、目もほぼ見えない状態だが、若干視力は残っているため、要支援1。

昼間は家族は誰もいない状態なのでヘルパーさんに来ていただき、昼食準備等をしてもらうのだが、日々、それを使えるのは義母のみだ。(義父母ともにディケア施設に行った場合は昼食は現地で出るが、日常的に義父担当のヘルパーさんは来ない)

ある時、たまたま一時的に家に戻ってびっくりしたのは、「家庭内介護格差」であった。

目の見えない父は、家の中等慣れたところは歩けるが、冷蔵庫に何が入っているかは全くわからない。お膳に出しているおかずも口にするまで何かは判別できない状況だ。調理や配膳等の食事準備はもちろんできない。

ヘルパーさんが帰った後、義母が這いながら義父の食事の世話をするというなんとも矛盾した光景を見た時に、「弱視高齢者」とその家族がいかに困難な老後生活を送っているか胸が詰まる思いだった。(ちなみに通常家族がいる時は「介護飯」を作って栄養のバランス等や記録用にFB等でアップしています)
障がい者認定を受ければよいのかと思えば、事はそう単純ではないらしい。なにしろ視覚障害の場合は、ほぼ全盲でなければ障がい者1級とはならず、他の級では持っていようが持っていまいが実際の生活支援等では変わらない。

介護関係者のアドバイスもあり、義父に関しては認定の変更を申請したが、それでも「要支援2」。これが限界なのだ。
「要支援」が設置されている意図は「予防と自立支援のため」ということだったが、弱視高齢者の場合は悪くなる事はあっても、良くなる事はない。つまりは「予防」も「自立支援」もその効果はない。

「認知」であれば、比較的すんなりと介護認定がおりることと対比してみても「弱視高齢者」が置かれた状況は過酷と言える。

 本当に困っている生活困難な高齢者に対しての配慮がないのは不思議だと思い、それを医師に問うてみたら、医師会の中でも眼科医さんたちはおとなしめで、主張はしているものの届き難い、との事情もあるようだ。

たまたま認定に来た方は以前視覚障害者施設で働いていた経験を持ち、
「介護保険では視覚障害者への配慮はほとんどなくて、アンバランスなんです」と問題意識を共有するものの「場からそう主張しても、現行のルールの中での判断となるので如何ともしがたいのです」と苦渋の表情だった。
そういう意味でも、弱視高齢当事者、そしてその家族がしっかりと声をあげて行かなければならないと思う。
朝、目覚めた時、ほんの数分ながらコンタクトレンズなしで行動する。世界はぼやけて、「時」を自分の思い通りに動かす事など到底無理だと感じる。

つまりは周囲は「障害物だらけ」なのだ。

それがどうだ。レンズを入れた瞬間から、その不自由さを忘れてしまう。

義父はもちろん眼鏡も持っている。しかしもはや加齢による視覚機能低下は眼鏡を掛けたところで、「人の手」がなければ障害物を越えることなどできないのだ。
「要支援1」から「2」の移行にともなって、利便性は向上する。介護プランを練ってケアマネージャーさんに連絡をすると

「それでできないことはないんですけどね。業者が赤字になるんです。ちょっとご相談させてください」

「介護業者が赤字になるプラン」・・この業界の問題も奥深そう。
説明をしっかり聞いて、「生活困難を抱える高齢者に適切なサービスを提供出来る」制度に改善できるよう、動いて行きたい。具体的に、ね!


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