« 明日から大衡村・村長&村議選挙 | トップページ | 選挙における「◎児の父・母」考 »

2015年4月26日 (日)

大衡村から「政治文化」を考える 〜序

統一地方選挙後半戦は、総支部長を務めている大衡村でマイクを握っていた。

ここには非常に興味深い「選挙文化」がある。

後日まとめてレポートしたいが、いや、ホント、すごかった。

そうこうしていると、Facebook等で、多くの方々がそれぞれが住む地域の選挙について記載していて、それもそれで面白く読む。

今、別の原稿の締め切りがあるので時間的制約があって書けないのが残念なのだが、いずれまとめて考察したいと思っている。

さて、そんな中で、気になったので「序」として記しておく。

今回の地方選挙を通して「連呼だけで政策を語っていない」

というポストがものすごく多くて驚きだった。

通り過ぎる一瞬だけでは政策なんて語れっこない。当たり前だ。
街宣カーの役割は知名度アップであり、候補者たちは「いかに印象に残るように名前を伝えるか」を主眼に活用しているのである。
一方で、駅や町中で止まって行う「街頭演説」では、意外に?政策を語っている場合が多い。
また、大抵の候補者はHPや選挙公報その他でそこそこ網羅している。たとえそれが借り物でも(笑)

有権者の方々が選挙になると、個別の候補者についての「確認」をスキップして、急に「政策」「政策」と言う事については、なんだか「行動をしない」ことの言い訳にも聞こえる。
ちょっと上から目線で、「政策を語らない選挙にはコミット出来ない」と言う事で、「面倒くさいこと」には巻き込まれず、「私は賢い感」も維持出来る。
まあ、そんだけ、選挙自身がうさん臭くなっている事は否定はしないがな。

長年この業界にいると、当然ながら「命がけ」でやっているので、候補者の醸し出す「偽物臭」にも相当敏感になる(笑)
一方で、本当に社会でがんばっている人々が、「傍観者時々正論吐きます有権者」であることが残念でならない。
危険ゾーンからどんどん離れ、その辺の目利きは出来難くなるからである。

そこで提案だ。

有権者も自らの選挙公報?作ってみるのだ。マイ公約(笑)
「この人に一票入れますが、その後はこうフォローします」とか
選んだ議員に対してのチェックは必須だ。
「入れる人がいないと嘆いたならば自分が出るという選択肢も含めて検討する」等々。

前回選挙から、文句山盛りの「政治」を良くするために何かしたのか?なんらかの手間ひまをかけたのか?
自分自身でツッコミを入れてみよう。

友人は仕事が終わった後で、某議員の事務所でポスティングの手伝いをしていた。深夜、怪しまれながらも(笑)
踏み出すのには勇気はいるが、意外に簡単に出来る者でもある。

有権者は「神様」でもなければ「お客さま」でもない。政治家とは対等なパートナーである。
同じような事をやってみると、いろんなことが見えてくる。
「選挙」ではそれも問われているのだ。


« 明日から大衡村・村長&村議選挙 | トップページ | 選挙における「◎児の父・母」考 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。