« 上西議員問題は「女性議員バッシンング」にあらず | トップページ | 厳しすぎる「弱視高齢者」への介護保険認定 »

2015年4月 8日 (水)

政界の「マドンナ(VirginMary)」たちと上西議員

一昨日、神戸市において開催された「緊急討論!どうする?どうなる?上西小百合議員」ではなかなか深い議論が出来た。
少なくとも「脇の甘さ」と「獲物の見極め」だけは見直すべきである、という提言も出た。
大きな目的のために手段として「タラシ女子」になるのは結構。
しかし、その際は「リスク覚悟」で。
その「リスク」が現実として降りかかって来た時には、内心凹んでも、外身は軽やかで行こう。
野田聖子先生もその著作『不器用』(朝日新聞社)で引用されているように
「悪名は無名に勝る」(by竹下登)
とは、ある意味「真」なのであるから。

しかし、「上西議員問題」について書いたこのブログがブロゴスさんに転載され連続して閲覧数1位というのは驚きである。

「上西議員問題」は上西さん個人の問題ではなく、縦糸は「政治」、横糸は「女子」とバランスの中で、大げさに言えば「歴史的な役割」を持っているということなのだ。
彼女は今までの国民的女性政治家、市川房枝、土井たか子といった「マドンナ(Virgin Mary )」とは対極にいる存在である。

均等法から30年立つが、「助手席の女」的役目を負わされ、もしくは好んでそこにいて、「実力よりお得な位置づけで生きている」女子たちって、いまだ周りに結構いて、その中のひとり、という位置づけなのだと思う。

その、いや、自分だってやれるもんなら、やってみたいという気持ちがない訳ではない(笑)という多くの人々のハートにちょっくら火をつけた、ということなのだろう。

ただし、それは誕生日のローソクよろしく、時が過ぎればすぐ消されちゃうんだろうけど。

ワタクシも上西さん個人に興味はないが、「上西さん的女子」にはとても興味がある。
というのも、前述通り、それは「自分たち」にとって「リアル」な問題だからなのだ。
また男性ウォッチャーも多いのは、職場で、プライベートで、密かにこの手の女子に翻弄されてきた人も多いからなのではないか(笑)

日本社会にはまだまだ性によっての差別や、機会の不均等がある。
その中で最も遅れた部分と言われる政界で生きる「上西戦士」はひとつの典型例として興味を引くのだろう。
彼女たちはどうして生まれ、どう泳ぎ、男たちとどう付き合っているのか。
そして、「加齢」という内なるライバル=現実とどう向き合い、これからの人生をどうしのいでいこうとしているのか。
「クオータ制」も言われる中で、この問題が出て来ている事はさらに興味深い。
別途の機会に、しっかり分析と考察を行いたい。


« 上西議員問題は「女性議員バッシンング」にあらず | トップページ | 厳しすぎる「弱視高齢者」への介護保険認定 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。