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2015年5月 5日 (火)

我が国における下水道と水洗トイレ普及率

大衡村に行って、ちょっとドッキリしたのはトイレが「汲取式」だったことだ。

ワタクシがいた地区は平成12年前後に水洗への下水道工事が行われたそうだが、その直前にリフォームしたばかりだったので、そのまま今に至るそうだ。
仙台市中心部にあるワタクシの実家が「汲取式」から「水洗」に変わったのは、確かワタクシが幼稚園のころだったから、45年程前だと思う。
同じ県内でもこうしたインフラ整備は時間差がものすごくある、ということがよくある。
ワタクシが大衡村以前に「汲取式」を国内で体験したのは先輩の選挙の時である。
愛知県知多郡。
私は23歳だったから27年前か。
その前は大阪の吹田市で、友人の借りていたアパート。
ワタクシは大学生だった。
以来、すっかり忘れていたので今回久々に経験して、ちょっと気になって調べてみたら・・日本の下水道普及率って77%あまり。水洗トイレの普及率も90%ほどで、逆に言うと10%弱は汲取式ということだ。
県議会議員をしていたとき、兵庫県内でも下水道普及率は90%ほどだったという記憶があるが、全国的みると進んでいる方だったのだな。
下水道についてはH25年度の数値のまとめのPDFがあるのだが、震災で東日本については正確ではないとしつつも、具体的な都市名などを見るとなかなか考えさせられる内容である。
水洗トイレについては総務省統計局の数字で見たのだが、なぜか平成25年度のが開けない。なので、その前の調査(平成20年分)で恐縮だがはっておく。
今日、久しぶりに本棚を覗く時間があり、32年前、制度としての「家」が解体し、今までの「家族のかたち」も分解されて行く途上の「日本」を写真と文章で評論した『東京漂流』(藤原新也著・情報センター出版局)を捲ると、「水洗トイレ」の普及について、言及がされていて驚いた。
都市化する中で忌むべき物として扱われているものが、あるところでは時を経ても残っている。
FBで同様のことを書いたら、大衡村ではないが、該当する地域関係の友人から「(水洗化が進まないのは)リフォーム等で簡易水洗にしていて下水道がなくても不便を感じている人が少ないから」という指摘ももらった。
なるほど。
それも含めて、大層興味深い。
「日本」を知る上での、大事な「統計」であることは間違いない。


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