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2015年5月 9日 (土)

香山さん問題についての危惧

「ねえ、どう思う?うちの夫がさ、青山さんの言った事は全部信じんねん。もうそれは『信者レベル』」と、友人A。
「青山さん?あの二号線沿いの?」
「いやいや、テレビに出てる、あの」
「あ〜、青山繁晴さん、ね」
「そう、そう、その青山さん」
「ご近所の青山さんかと思ったわ」
「それがさ、拉致の話をものすごく確信持ってしゃべる訳よ。
『で、その根拠は?』と聞いたら『青山さんが言ってたから』。
その答えって、小学生レベルじゃね?40代のおっさんとして、どうよ?」
・・・という話を、昨日したばかりだった。
香山リカ氏の「乗っ取り虚言」他、事実関係の詳細はわからないが青山氏の場合に限らず、「ファン」を「信者」と言うこと自体は日常でよくある話だ。
「ホント下劣」というのは、何が「下劣」かわからんが、言葉が過ぎたと指摘が来たら、淡々とそう書いた理由を説明すればよかったのではないか、と思う。
いずれにせよ、問題は「その後の対応」だ。
もし香山氏がツイッター他での発信について「ごまかし」をしようとしたなら、そこには「批評・批判」という彼女の社会的役目以上の「悪意」があったことを認めていることにもなるので、彼女自身のこれまで、そしてこれからの発言の信頼性に著しい影響を与える事になるとは思う。
ただでさえ少ない、リベラル系の論客のひとりの発信が弱まるようなことにならなければ良いが。
そう思うのは自分の主義主張とは別に、この国から「議論」がなくなることへの危惧である。
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1473568.html


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