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2015年8月 4日 (火)

見果てぬ夢〜『未完の6月』

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ノンフィクション作家の沢木耕太郎氏には、雑誌連載原稿があるにも関わらず単行本化していない作品がある。
『危機の宰相』もそうだった。
1977年、ノンフィクションライターとして出発したばかりの沢木耕太郎氏は『危機の宰相』の原型となる原稿を書いた。250枚を取材を含めて1ヶ月半で。長いので50枚ほど削ったとある。
岸信介退陣後、政権を引き継いだ池田勇人とエコノミスト下村治、宏池会事務局長田村敏雄・・大蔵省という組織の中で敗れた3人を軸に『所得倍増』という夢を現実化して行く過程だ。
もちろん、沢木氏はそこに松下圭一を登場させ、『「朝日ジャーナル」に発表した「安保直後の政治状況」という論文において、ある種の無念さを込めて次のように書かざるをえなかった。池田内閣は《安保から経済成長へと完全政治気流のチェンジ・オブ・ペースをやってのけたかのごとき観》がある、と。」(P24)と「夢」が別の側面を持っていたことも指摘している。
その2年後の1978年に書き終えたのが『危機の宰相』と同じ1960年に起こった浅沼稲次郎暗殺を扱う『テロルの決算』だ。単行本化された後に大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞し、沢木氏の書き手としての位置を不動にしていく。
1960年を扱った作品はもう一作ある。『未完の6月』である。こちらは今も刊行されていない。その題名とおり『未完』となっている。
沢木耕太郎氏は当初「1960」という三部作にしようとしていたのだ。
体制側の提出した夢と現実として「所得倍増」の物語。
右翼と左翼の交錯する瞬間としての「テロル」の物語。
学生運動とメディアの絡み合いが生み出した「ゆがんだ青春」の物語。
1947年生まれ。まさに団塊の世代。1960年は中学生だ。
その、まだ誰でもない目で見た「時代の記憶」を辿りながら、日本の歩んだ道を浮き彫りにして行く。
『危機の宰相』に戻る。
この原稿はその後27年という時を経て、単行本化される。それだけの時間が必要だったのは、単行本にまとめるよりも次の原稿を書きたかったからだと沢木氏自身が告白している。
『危機の宰相』には構成上、いくつかの難点はあり、「一人称」と「三人称」が混在していた。
沢木氏はニュージャーナリズムの影響を受けた中で「徹底した三人称によって『シーン』を獲得する」ことに強く反応した、とある。「シーン」こそがノンフィクションに生命力を与えるものなのではないか、と。
ノンフィクションを書いてみて、今まで意識していなかったことがすとんと落ちてくる。
「シーン」を作るのは「視点」なのである。「目」なのである。
団塊の世代として60年安保から伸びて来た長い道を歩いて来た沢木氏が今の時代をどう見ているのかが知りたい。
以前にも書いたが、団塊の世代の人々の声が聞こえてこないのは残念すぎる。
『未完の6月』に「了」の文字を押すのは『今』なのではないか。
それは見果てぬ夢、なのであろうか。


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