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2015年9月22日 (火)

『GHQと戦った女 沢田美喜』を読んで

昨日、有馬温泉の湯船の中で『GHQと戦った女 沢田美喜』(青木富貴子著 新潮社)の残りを読む。(なので、今やページは波打っる・・)Fullsizerender_5
隣で湯につかる大学生ぐらいの女の子たちが、安保法制や、武藤衆議院議員の文春の報道について(「本当はゲイ差別バリバリを道交法違犯とかで薄めているよね〜」他)熱く語っていることにも耳ダンボになりつつ。

『GHQ...』を読み進めて行くと「なんでこの表題にしたのかな」とか「帯も違うよね」と思う。
それほど沢田美喜の人生は複雑で波乱万丈なのだ。
特にGHQとの関係や、下山事件につながる部分は「闇」であり、こうした中で戦後沢田美喜が果たした役割は、単に戦争の落とし子の混血孤児たちを引き取って育てたということだけではないだろう。

「証拠は見いだせない。(中略)それより、澤田夫妻はポール・ラッシュを通じて、戦後日本の方向性を決める政治の世界にある種の影響力を行使したのかもしれない。」(P172)に同感である。

戦争で富を得た岩崎家に生まれたことは沢田美喜の人生にとって決定的なことであった。
自分が手にしている富の多くは、戦火の中で奪われる誰かの命の犠牲の上で成り立っている。
祖父母や親から引き継いだ地位や財産で、実力以上の役回りに置かれる人々(つまりは日本の中枢を担う人々)はそのことに無頓着すぎる。
一方で、外交官の妻として世界を回りながら感じたこと…自由や平等を謳う国々でも、「黒い肌と白い心」「白い肌と黒い心」…人種差別があり、「さらなる豊かさ」を求めて戦争へと突き進むという現実…に向き合う中で、彼女は彼女にしかできない「貢献」を考え、実行したはずなのだ。
沢田美喜も語っていない、つまりはもはや永遠に解けない謎となってしまったであろうそれを知りたいな、と思う。
吉田茂を始め、GHQの大物とのやり取りが垣間見える度に切れた糸をたぐり寄せられないことが口惜しい。
戦後70年。
我が国は本来検証すべきことを逃してしまったのではないだろうか。
この本で問われる、もうひとつのテーマだと思う。


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