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2015年9月 5日 (土)

ありがたきかな〜「第13回開高健ノンフィクション賞 選評」

11992448_723734167738677_447527455_ が発表となった。

(詳しくは本日発売『kotoba』 集英社をご覧下さい)
 最終選考作として、各選考委員の方から講評をいただいている。
私はよもや自分が、原稿用紙300枚の作品を書けると思っていなかった。
ひとつは能力と素養の面で。もうひとつは物理的な理由で。
特に応募作を書いた頃は時間的余裕がなかった。掛け値なく、全く(笑)
何しろ締切直前に、突然衆議院が解散されたのだ!
祭は終わり、残務処理や生活の立て直し等を行う中でもパソコンに向かう時間はなかなか取れなかった。
年があらたまり、義父母を引き取り同居を始め、としているうちにあっという間に2月になった。  
締切まであと一週間、6日、5日とカウントダウンが始って、ようやくだが私の中の何かが動き始めた。
そこから最後まで一目散に書いた。資料の確認もほとんどしなかった。する必要がなかった。
「記憶」は「記録」だった。活動をしてきた13年の日々の重さとはそういうことなのだ。書きながら自分でも驚いた。
当初、私は自分の政治活動の部分はなるべく触れずに書いていた。「なぜこの問題が進まないか」の理由については、政治家とのやりとりとの中に最も真実に近い答えが出てくる。空しく終わった他党議員との「対峙」も、逆に党を越えて応援してくれた政治家たちの話も書いていなかった。  
なぜか。  
本作が単に一政治家の「プロパガンダ」と思われることが嫌だったからだ。  
政治家と言う職業を選んだ宿命でもあるのだが、何をやっても「票のため」と思われることに、私はいいかげんうんざりしていた。  
実際には、ちょっとばかりテレビに出ようが、本を書こうがそれだけで当選出来るほど選挙は甘くはない。むしろその時間は地元行事に出ていた方が票は稼げる。(悲しいことにだからこそ政治家は縮小して行くのだが)  
私が何より避けたかったのは、開高健の名を冠した賞を「選挙に利用しようとしている」と思われることだった。そんなさもしい、卑しい人間だと微塵でも思われることがつらい。つらすぎる。  
経歴を書く時ですら最も嫌われそうな「松下政経塾出身」を書かないでおこうか、とすら悩んだ。  
選考委員の顔を浮かべながら逡巡する。
「ちょ、ちょっと待って!」  その瞬間、自分で自分にツッコミを入れていた。  それこそ「さもしいこと」なのではないか。  
私は知っているのに。  
k本作のテーマである「無戸籍問題」が進んだのは、そしてそこで私が果たした役割があったのは、政経塾、県会議員、国会議員…それは私自身の経歴や、幾多の議員への政治的アプローチとは無縁どころか、それが場面展開のきっかけとなったからだ。  
人を救うためにある政治の現場が昔のよしみとか、つながりとか、ごく一部の人たちの機嫌や気分で国民の暮らしが翻弄されるなんてあってはならない。くだらない、とんでもない…本当に鼻につく。でも現実はそれで動いて、実際に少なからずの人を救う原動力になった。  一方で抜本改革ができないのも同じ理由からだった。  
幸か不幸か私が長いことそこに身をおいていたからこそ見える部分があった。
その「リアル」、まさに私自身ですら感じている「鼻持ちならなさ」こそを語らなくてどうするんだ!
「こんなことで、自分たちの『父』は決まり、戸籍がある、なしが左右される」という事実を。  
それこそ多くの人に知ってもらいたいことなのに。  
これは「無戸籍問題」に限らない。  
今、この国の理不尽を変えようと思ったならば多かれ少なかれ政治や政治家の持つ「鼻持ちならなさ」と付き合わなければ突破できない。  
うんざりしてもらっていいのではないか。むしろうんざりしてもらわないといけないのではないか。  
変えるために!  
私は思い直して、構成を組み直した。
自分の経歴や政治活動について書き始めた。  
その時こそ、この作品が「ノンフィクション」になった瞬間だと私は自負している。  
賞という意味では、マイナスになったかもしれない。  
でも私は後悔はしていない。  
私は私自身の中の「タブー」を越えた。それでいい。  
出す前に「絶対に政治家は選ばれないから、待つ時間がもったいないよ」と忠告もされていた。どの文学賞でも「未発表作品」が応募条件である場合は、賞決定までの間類似テーマでの著述に慎重にならなければならない。それは確かにかなりつらかった。  
それでも応募してよかったとつくづく思う。  
選挙で評価されることには慣れているが、純粋に書いたものだけでジャッジされることは清々しい。自分自身以外の要因(所属政党のイメージや、誰かの失言など)がない分だけ、キツいけど気が楽。  
そして、この目標がなかったら、私は相変わらず「いつか書く」と言いながら書いていなかったのではないかと思う。  
私はこの賞に背中を押し、お尻を叩いてもらったのだ。  
賞が発表になってから、知ったことがある。  
本作の中に出てくるある無戸籍者が働いているところは、生前の開高健がほぼ毎日立ち寄った場所だと言う。もちろんその無戸籍者も私も全く気がついていなかった。  
何と言う偶然なのだろう。日本全国、さまざまなところに同じような場所はある。にもかかわらず、なぜ、そこ?  
なるほど、開高さんだ。  
粋な仕掛けをしてくれたな、と思う。  
60年代のベトナムだろうが、2015年の日本だろうが「ギリギリの命」を生きる人々がいる。  
遠くで銃声が聞こえる中で、疲労は限界を越える。もはや足も動かない。そもそも腰が立たない。でも、耳を澄ましてしまう。伝える何かを探してしまう人がいる。  
なぜなのだろうか。  
行き交う弾の流れやその振動を感じながら、絶望の中にも奇妙な「楽観」を見てしまう。この「楽観」がなければ、その先にある「思いもがけない展開」に立ち合うことはできない。  
「ノンフィクション」を書く人々とは、開高健とはそんな人だったのかもしれない。  
初めて書いた作品で最終候補作に選んでいただいたこと。  
また、選考委員の方々には本当に丹念に読んでいただき、この問題の本質を見抜いていただいたとともに過分な評価もいただいた。どれだけ励まされることか。心から感謝したい。  
法律の狭間に落ち苦しんでいる人々に光を当てることに引き続き取り組んでいきたいと思う一方で、次回は全く違うテーマで書いてみたい。  
そう思うようになった。  
そして、いずれの時にか「開高健ノンフィクション賞」が取れるよう(笑)精進していきたいと思う。  
関係者の皆様、ありがとうございました。


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